【世界観を見直す】物事をバラバラにして理解し、元通りに構成し直すという線形思考の限界が環境問題

「さて――」名探偵は事件の発端から今に至るまでの詳細をさらに細かく分析しはじめた

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。ツイッターで小説執筆の文字数を毎日つぶやいています。

近代の知をもう一度学び直しを試みています。長尾達也「小論文を学ぶ」は俯瞰的に近代を振り返るのに適したテキストです。

「二元論から一元論」、「分析原理から統合原理へ」、「意識(理性)から言語(構造)へ」、「自我から共同体へ」の4つが近代から現代への知の変動を理解するキーワードとして挙げています。

そしてさらに細かな分析として、知のマトリックスを紹介しています。①二元性、②分析性、③合理性という軸と①世界観・自然観、②人間観・社会観、③学問方法論という軸で近代の概念を整理しています。

別の記事で二元性についてまとめましたので、今回は分析性をみていくことにします。

【世界観を見直す】物心二元論から生まれる自我中心主義、自民族中心主義、普遍主義、国家主義

1 分析性×世界観・自然観=原子論

原子論的世界観は物心二元論とともに重要な概念です。これ以上ないくらいに分割した単位(アトム)によってこの世界は構成されているという考え方です。その構成の仕方によってさまざまな物質や現象が立ち上がると考えます。

この原子論的世界観で社会を眺めようとすると、その最小構成単位は一個人となるのは不自然ではありません。ホッブズたちは社会の最小構成単位=個人という前提の上に社会を考えて、「社会契約説」を唱えたのです。

このような原子論的世界観をベースに近代の学問は確立されることになりました。

しかし現代の社会問題はこの原子論的世界観に端を発っしていることに我々は気付きつつあります。環境問題がそのわかりやすい例です。地球上の個々の人間が好き勝手に自然を消費してしまえば、地球の生態系を害し、社会構成員である個人に悪影響をが出てしまうことはたびたび話題になります。個々の意思決定の方法を見直す必要があることを環境問題は提出するのです。

 

2 分析性×人間観・社会観=個人主義

方法論的個人主義という言葉があります。対になる言葉は方法論的集合主義です。僕が社会学を学んだときにもよく出てきた言葉です。ヴェーバーとデュルケームの比較だったような気がします。

原子論的社会観が広がった結果、社会の認識の主流な方法は方法論的個人主義でした。世界をバラバラにする思考が、社会もバラバラに思考することは自然な流れだったのでしょう。社会が存在しなくなったとしても、個人はちゃんと存在しうるのだ、という立場を方法論的個人主義といいます。社会に先立って個人が存在するという認識の仕方なのです。

近代に優勢だった方法論的個人主義がいま見直される必要が出てきているのです。個人の自由を求めてきた近代はある問題にぶちあたったのです。「個人の自由を最大限保障して個人の個人性を尊重すればするほど、社会全体の秩序と安定が阻害される事態pp73」であると著者は例をあげます。まさに環境問題が頭に浮かびます。

個人の自由を制限する必要があるのか、必要があるならばどのような理論に基づけばよいのか、それらの問題に関わっていく必要が求められているのです。

 

3 分析性×学問的方法論=還元主義

原子論的世界観の論理を抽出すると、要素還元主義といえます。繰り返しになりますが、その思考法は2つの段階に分けられます。まず可能な限り小さな単位まで分けて、その分解したものを考察するのです。その後それらを元通りに構成することで、全体を把握するのです。バラバラにして理解し、元に戻すのです。

科学はこの思考法を持って発展しました。物理学、生物学、化学などなど。この思考法はひとつの信念となりました。「すべて要素にまで還元したものは組み合わせれば全体が出来上がるという一種の信念pp74」です。

しかし世界はどうやらそのように単純に動いているわけではないようです。カオス、という現象を知っていますか。次の瞬間にどのようになるかが予想できない状態のことを指します。部分部分で成り立っていることが、全体をみるとそのようになっていない、そんな無秩序や非規則的な状態がカオスです。

著者はカオスの例として倹約のパラドックスを紹介しています。社会の構成員全員が節約を胸に行動すると、経済が回らなくなり、結果として所得が下がり、全員貧しくなってしまう、というパラドックスです。非規則的な現象で、まさにカオスです。

要するに、この要素還元主義が抱える問題は部分部分で成り立つ規則が、全体では成り立たないところにあります。思考の最小単位の変更を議論する必要があるようです。それは全体を一挙に考える思考法です。

 

まとめ

近代の知には分析性という特徴があります。原子論的世界観が優勢になることで、世界、社会、物体の最小単位に着目する思考法が前提となりました。その思考法を方法論的個人主義といいます。個人単位の自由を獲得してきた帰結として環境問題などを抱えるようになってしまったのです。バラバラにして最小単位を理解すれば、全体を理解できるという線形思考を乗り越えるために、全体を全体として受け止める思考法が準備されているのです。

部分で成り立つことが、全体で成り立つとは限らないことを忘れてはならないのです。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら