小説を書くということは物語に含まれている謎を解くこと

「さてーー」名探偵は事件解決という行為を反省しながら謎解きをしはじめた

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

小説を書き続けてお金をもらえる生活をするのが夢です。

そのために毎日毎日少しずつでもいいから物語を書いています。

どうして小説を書くことにここまで心惹かれるのか。それは一つの謎です。

まるっとすっきり説明できることはできそうにありません。

しかし、よくわからないものやもやもやした気持ちに言葉を投げかけることは大切です。謎の根源が頭をもたげてくる可能性があるからです。

たいがいは顕現した謎も目を凝らしてみるともやもやしていたりするものですが。

ということで現時点で小説をなぜ書こうと思うのかを言葉にしてみたいと思います。

1 謎を含んだシーンからすべてははじまる

僕はプロットは書かない派です。まだ数えるほどしか小説(のようなもの)を書いたことはありませんし、プロットを用意して小説を書いたことがないのですが、おそらく今後も執筆以前に準備することはないでしょう。

先がわかってしまうというのはつまらないからです。謎がありません。想像だにしていない方向に物語が進むときほど、心踊るときはありません。ほくそ笑んでしまいます。にやり。

プロットを用意しないので、頭に浮かんだ謎に満ちたシーンから書き始めます。

日常生活の中で他愛のない一コマだけれど、謎に満ちているシーン。それが頭に浮かんだら小説を書き始めることができます。

注文と間違って届いた文庫本、公衆電話を利用しているゴージャスな女性、老人の膝の上にのせるようにせがむ孫娘、などなど。どれも他愛のないシーンですが、僕にとっては謎を含むシーンに思えてしまうのです。

この謎を追いかけるべきなんだ、そんな予感がするのです。それを追いかけるように小説を書くのです。

気分は名探偵です。果たしてこれから何が起こるのか、この謎をとくことができるのだろうか、と。

 

2 その物語が完結する過程には自己治癒が含まれている

この謎を追いかけている最中はとても楽しいものです。会話にあらわれる言葉づかい、登場人物の目線の景色、時間の流れ方などを、それらを自分自身で書きながら、同時に、名探偵が現場から事件を解く手がかりを探すように、そこに物語に含まれる謎を解く手がかりを見出そうとするのです。

ときにはっとすることがあります。この物語はこのような展開をするのではないか、と。そして謎は次のように展開するはずだ、と。なんともいえない快感です。そしてまた別の明かされていない謎を解きに物語を進めるのです。

その謎を解き明かすことは自己治癒につながります。その謎を追い求めることが僕にとって自然なのは、答えを手に入れることで自分自身が癒やされると、どこかでそう確信しているからだと思います。登場人物はいくばくか、僕自身の要素を持っています。物語を通して、暗闇を抜けたり、試練を耐えることで、彼らに含まれた僕の要素も強くなったり、鍛えられたりするのでしょう。

だから、小説を書くことは僕にとって魅力的なのでしょう。

 

3 自己治癒は共感するはず

自己満足による小説は読者の心を揺さぶることができるのだろうか、とあなたは思うかもしれません。

きっと揺さぶるだろう、と僕は楽観的に考えています。

希望的観測にはなりますが、登場人物に投影している僕が抱えていることは、誰かがきっと抱えていることだろうからです。どこかで重なる部分があるのではないでしょうか。

小説が読者の心を揺さぶるのは、そのような不思議な力が働いているからではないかと愚考します。

もちろんただ自己満足で書いてはいけません。読者を正確に導く言葉、文体があってこそです。どちらも修行中です。一生かけて訓練すればきっといい物語ができるはずだ、と希望を抱きながら毎日執筆しています。

誰かの心を揺さぶり、望ましい方向へ導く小説を書くのが夢です。

 

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら