【反応しない練習:草薙龍瞬】自分の行動と身体感覚を言語化して「体を意識する」と自己嫌悪や際限のない妄想から自由になれてスッキリする

「さて――」名探偵は足の裏に平等に体重をかけ、膝を曲げ太ももに力を入れて、テーブルに手をついて立ち上がり、ゆっくりと口を開き、肺に力を入れてトリックを言葉にしはじめた。

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

気づくと目的とはまったく別のことを考えていることってありませんか。わかりやすい例はスマホでネットサーフィンしてしまうことでしょう。

何かを調べようと思っていたら、気がつくとネットサーフィンやら動画SNSを見ていて時間が経って後悔したりすることがあります。後悔は油断すると連鎖してしまいます。またやっちまった、この間もそうだったしなぁ、なんて。自己嫌悪にはまってしまうこともあるでしょう。

後悔や自己嫌悪に陥ってしまうと、時間を無駄にしたり、気持ちが沈んでしまいます。自己嫌悪の恐ろしさは安冨歩「生きる技法」にて説明されています。

【生きる技法】自己嫌悪を埋め合わすための自己愛は利己的行動を促し、他人の美点に執着する可能性があるので自愛しよう

そこでは自己嫌悪から脱する方法として「からだの感覚を意識すること」が紹介されます。

そうはいってもどうやってやればいいの? と思いますよね。

草薙龍瞬という僧侶の方が著書「反応しない練習」の中でその方法を紹介しています。

僕は新しい習慣として取り入れます。みなさんもぜひやってみてください。簡単ですよ。

1 行動と身体感覚を言葉にするだけ

その方法とはいたって簡単です。自分がしている行動をまるで実況中継しているかのように言葉にし、それにともなう身体感覚も言葉にするのです。

極端に言えば、万引きGメンが対象者の一挙手一投足に目を配るように、自分自身をモニタリングするのです。

例えば、今この瞬間に冷蔵庫に牛乳を飲みに行くとしましょう。こんな風に言語化するのです。

ノートパソコンを右手で静かに閉める。足の裏に力を入れて立ち上がる。足の裏には平等に体重がかかっている。右手でドアノブを掴む。右に回す。指先に金属特有の冷たさを感じている。ドアが空気を揺らしほほに微かに風が触れる。右、左と交互に足を出す。足裏にフローリングの小さな溝を感じる。冷蔵庫を右手で開く。左手で牛乳パックを掴む。左手に冷たさを感じる。唇でパックの冷たさを感じる。冷たい牛乳を口内で感じ、喉に流れていく。右手は腰にあてがわれ、腰の皮膚が右手の形を感じている。

こんな風に行うのです。ここまでいちいち言葉にするのは煩わしいかもしれませんが、あくまで例です。実況中継しながら、身体感覚を冷静に見つめる。ただそれだけです。

このように言葉を与え、身体感覚を意識している間はいつもポコポコと湧き上がる妄想は姿を消してしまいます。ほんとうですよ。

四六時中やるのはさすがに厳しいかもしれませんので、道の途中や通勤途中で実行することを著者はおすすめしています。

 

2 心の内側のぐるぐるした妄想から抜け出せる

重要なのは、自分の身体感覚を見つめると、妄想の連鎖から抜け出せるということです。自己嫌悪や際限のない妄想は心の内部で生成されます。だからそこから抜け出すには、心の外側に着目すればいいのです。言われてみれば、簡単に納得できますね。

言葉を与えるには対象にフォーカスしなければなりません。体の部位のどこがどのように働いているかを常に意識する必要があります。

そしてその部位はどのように感じているか。そこに意識を向けるとあなたの体は語り出します。足の裏に感じる体重、頬をかすめる風、曲がった背骨、緊張した筋肉、視線の無意識な流れなどなど。体は世界と接するなかで、さまざまな感覚を得ているのです。

また理由はうまく言語化できないのですが、身体感覚を意識することは気持ちよさにつながります。とにかくいままで体が感じていた「快」をここまで見逃していたのか、と驚くことになるでしょう。

簡単で効果抜群なので、ぜひチャレンジしてみてください。

 

3 小説を書くことにもメリットがある

自分自身の行動を逐一言語化することによるメリットは、自己嫌悪や妄想から自由になれるという素敵なメリットだけではありません。小説を書く上でも役に立ちます。

適切な言葉を選ぶ訓練にもなりますし語彙が増えます。日常生活で目にする物事を注意深く眺めると、名前の知らない物体や簡単に言葉にできない感覚に直面することができるからです。その度に新しい知識を学習できます。

話がそれますが、この身体感覚の言語化をはじめて実践したときにポール・オースター「ムーンパレス」のあるシーンを思い出しました。

主人公は盲目で足の不自由な老人に頼まれて、目に映るすべてのものを描写します。女性が横断歩道を渡っている、という主人公の安易な表現に対して老人が怒るのです。陽の光はどうなっているんだ、風はどうなっている、もっと詳しく表現しろ、と。そこで主人公は世界を描写することの難しさ、世界の美しさに目覚めるのです。

たしかこんなシーンだった気がします。世界を詳細に描写することは、その美しさに直面することなんだ、と当時納得したように覚えています。さすがポール・オースター。

 

まとめ

自分の行動と身体感覚を言語化することは予想以上の効果があります。自己嫌悪や妄想から自由になれ、気持ちよさを自覚でき、世界の美しさに目覚めることができます。いいことだらけ!

もっと長いスパンで実行すればまた違った収穫物があるでしょう。そのときはまた記事にします。

読んでくださったかた、ありがとうございます。(キーの反発力を指先に感じ、エンターを小指で軽く押す。)

たわら