【世界観を見直す】機械論的世界観は、機能主義、効率主義、啓蒙主義、理性主義、決定論、進歩史観は導出された

「さて――」名探偵は犯行動機、時間帯、トリック、アリバイ……すべてを検証し合理的に犯人を絞り出した。

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

近代の知の特徴は、長尾達也「小論文を学ぶ」によれば3つにまとめることができます。1つ目は二元性、2つ目が分析性です。それぞれ記事にしたので気になる方はご参考にしてください。

3つ目は今回取り上げる合理性です。近代の知は合理性に準拠して発展してきました。どのように展開されてきたのかを、前回同様に、世界観・自然観、人間観・社会観、学問的方法論の3つの側面から勉強していきます。

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1 合理性×世界観・自然観=機械論

1-1 機械論的自然観

近代は合理的な方法や合理的な世界観をその特徴としています。たとえば自然について考えてみましょう。

物心二元論に基づく近代の世界観では、自然は機械に過ぎないと考えられていました。機械のように見なしていた自然に対して、合理性を考えるということは、合法則性を見出すことを意味します。

つまり、自然は機械なのだから、そこにはメカニズムが存在していると考え、人間理性によってそれを明らかにし、人間が発見した法則に合致している自然を見て、「合理的」であると判断したのです。

このような機械論的思考は、ものごとから精神を消して考えるという特徴があります。しかし、自然に精神や魂がない、とは誰にも証明できません。このような世界観がいま見直されているのです。

ジブリ映画はそのような機械的自然観に対する警鐘という意図を持って作成されたのかもしれません。自然に精神を見出し、様々なキャラクターが登場しますものね。

 

1-2 機械論→機能主義・効率主義

機械論的思考は、機能主義や効率主義を生み出します。

「自然や社会が機械的に動いていると想定する場合、自然や社会の運行は、目的を最短で獲得する方法や最も効率よく獲得する方法にしたがうべく、構造的・機能的に決定されるべきだとう発想(pp78)」のことです。

現代人のなかで、このような思考をしない人間を探すほうが難しいのではないでしょうか。何かをやるとすれば、最短で最小の労働力で達成するべきだという考えです。

古代中世では、「機能」や「効率」を重視する思考の他に「意味」を重視する思考法があったそうです。「ある現象と別の現象との間に調和的な意味が形成される」かどうかを重視する思考法です。

具体的にどのような思考をすればよいのかについてはこれから検討が必要とされていますが、機能や効率を重視する思考とは別の思考法の存在があることを知っていることは重要でしょう。

 

1-3 機械論→身体=所有物

機械論的思考をベースにすると、身体は所有物となります。精神ではない自然には精神や魂がないのですから、自然の側に属する身体にも精神性は認められません。よって、ただのモノ、所有物になるという思考を展開します。

ここから生まれる問題として、自殺や援助交際があります。「自分の身体をどう扱うかは自分の勝手」であるという自己責任の主張により、自殺や援助交際を正当化するのです。精神と身体は別である、という物心二元論がベースにあることがわかります。

これらの問題に対処するには、物心二元論に変わる思考の枠組みが求められます。

 

2 合理性×人間観・社会観=啓蒙主義

2-1 機械論→啓蒙主義・理性主義

物心二元論は豊かな精神と死んだ自然として世界を二つに分けたました。死んだ自然は巨大な機械として認識され、そこには法則が存在していると理解されました。

このような世界観を前提として啓蒙主義が登場しました。つまり、それまで精神と自然がバランスよく混交されていた世界観(コスモロジー)を脱却して、二元的に世界をながめるように啓発すること、それが啓発主義といえます。

そのように考える理性(啓蒙理性)は誰にでもあらかじめ備わっていると考えられたのです。そして、世界を合理的に見ることができれば、合理性に基づき世界は進歩していくと考えられました。

過去に学べば、未来を良くすることができる、と安直に信じてしまう考え方です。しかしある時代はある状況に囲まれています。安易に過去にそうであったからといって、現在もそうであると考えることはよい考え方とはいえません。「おれたちの時代はなあ、、、」と説教してくるのと同じですね。

 

2-2 啓蒙主義・理性主義・合理主義の2つの限界

人間には理性があり、世界は機械のように法則で貫かれており、それを理解すれば世界はさらに良くなる。そのような理性は人間にあらかじめ備わっている。このような考え方は2つの限界に直面しました。

1つ目は人間の野蛮さです。2つの世界大戦で、人間は大量に殺し合いました。理性に基づき行動していたはずなのですが。このような蛮行により、人間理解の見直しが迫られました。

2つ目は構造主義の進展です。理性はそれだけで独立して内在していると考えられていました。しかし、フロイトやレヴィ=ストロースによって、無意識や神話的思考が理性に先立って存在していることが明らかにされたのです。理性は独立しておらず、構造化されたものであるのです。

 

3 合理性×学問的方法論=決定論

3-1 機械論→決定論

機械論的な世界観から方法論的な考え方として決定論が生まれます。自然や社会を巨大な機械と考えるならば、初期値さえわかっていれば結果は決定される、という考え方にいたるのは不自然ではありません。

つまり、「ある時点で宇宙に働いているすべての作用がわかっていれば、その後の宇宙の運行について完全に理予測できる(pp84)」ということです。

この決定論を歴史にあてはめると、ユートピア思想や発展段階説となります。現在をよりよいものにすれば、未来はさらによくなるに違いない、という考え方です。

しかし、倹約のパラドックスのように、個々が最適と判断した行為が合わさると、全体として不利益になる、というカオスの問題が現れてくるにつれて、決定論は疑われはじめています。

カオスを射程に含めた思考法がいま模索されています。

 

まとめ

近代の知は合理性という特徴を持っています。物心二元論は機械論的世界観を生み出しました。機械である自然には法則があり、人間はそれを発見でき、法則通りに動いている自然を合理的であると判断するのです。

機械論的世界観をもとづく考え方が啓蒙主義です。人間には理性があり、それを使えば世界は機械的に理解できるという考え方です。現在をよい条件にすればよい結果が得られるという考え方にもいたりました。

また自然を機械のように考えることは、原因がわかれば結果はおのずと決まるという決定論を生み出しました。これを歴史に適用すると、ユートピア思想や発展段階説といった進歩史観になるのです。

これにて、近代の知の3つの特徴、二元性、分析性、合理性をまとめることができました。いろんなとこで出会った〇〇論やら〇〇主義らが整理されるので、他の記事も参考にしていただければ幸いです。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら