【内観】内観の内容を指導者に報告する意味って?

さて――、煤けた帽子をかぶり直して名探偵は事件の発端から話はじめた。

たわらは2017年の8月に白金台内観研修所にて集中内観を行った。今回は内観と報告についてまとめました。

内観とは読んで字のごとく、自分の内側を観ること。いくつかの質問を頭に抱えながら、記憶を蘇らせることで、自分がその身に受けてきた愛情を認識できる。

内観はひとりでは行わない。多くの場合、研修センターの所長などの内観経験者に自分の内観を語って、聞いてもらう。ただ、内観の内容を報告する、という行為には深い内観に達するための重要な機能があると思う。

内観とその報告って?

記憶を吟味する内観

内観とは別の記事で紹介したように、一定期間のある人物について3つのことを考える。ただそれだけで他にすることはまったくない。
①していただいたこと
②して返したこと
③していただいたこと

内観の内容を報告する

そして、1~2時間に一度、所長に内観の内容を報告する。返答の仕方はある程度決まっているので難しいことなどない。ちなみに、この報告の際は、お互い正座をする。

報告は無駄な力が一切入っていない所長の質問から始まる。

所長  「この時間、誰に対して考えていましたーか?」

内観者 「この時間は小学校低学年のときの母について内観しました。まず、母にしていただいたことは――です。次に母にして返したことは――です。そして母に迷惑をかけたことは――です」

所長  「次は誰について内観していただけますか?」

内観者 「次は小学生高学年のときの母について内観します」

所長  「それではよろしくおねがいします。ありがとうございました」

内観者 「ありがとうございました」

と、このような会話で報告は終わる。

 

毎回アドバイスがあるわけではない

内観の報告を聞いて、それに対して意見が述べられることは少ない。基本的には先の会話のように、すぐに終わってしまう。ただ、内観の内容によっては、思い出すときのアドバイスや内観者の人格への気付きを与えてくれる。

また所長は頭が畳に触れるぐらい深々とした礼を最初と最後に行う。正座をした人物にそこまで深く頭を下げられた経験がある人は多くないはずだ。最初はこちらも形だけと思い、正座で頭を下げる。内観が深まるとこの行為の意味合いも変わってくる。

そして、持参した座布団を持ってたんたんと部屋を去る。

 

内観が深まると報告の質も変化していく

一生懸命内観に取り組むと、質が向上していくのがわかる。そして、比例して報告にも変化があらわれてくる。

内観の深まりに興味があるかたはこちらの記事がおすすめ。

僕の素敵な内観レポート④~父親への内観で号泣~

僕の素敵な内観レポート⑤~連鎖と素粒子と光~

 

伝えるということ

頭の中で考えていることと、口に出して伝えることとはまるで別であることを思い知る。例えば、自分が母に迷惑をかけたことを思い出したとしよう。頭の中では少しは悪かったな、と考えていたことでも、いざそれを他人に口に出すとなると、自分の行いが動かしがたい事実だと他人に認めることになる。

ひとり頭の中で考える分には、その気になれば、気をそらすことも可能だ。だが、それを伝えることによって、体でその過去の行為を認めることになる。

予想した以上に、口頭で伝えるときに、反省をしてしまう自分がいるだろう。動かしがたい過去の過ちをした自分にもかかわらず、愛情を注いでくれる人間がいるなんて、と感謝するようになる。

また、所長もその一人だということに理解できる。1~2時間に一度、他人の過去の話を聞く、それは簡単に聞こえるかもしれないが、毎日実際やるにあたっては面倒も多いはずだ。こんな恩知らずの若造に深々と頭を下げてから、内容を聞いていただけるなんて、なんてありがたいんだ、という心境にたわらは達した。気付けば、所長と同じくらい、正座をして頭を下げていた。

 

報告で気持ちがよくなる

内観が深まると、小さなことにも他人にかけた迷惑と、それにもかかわらず注いでくれる愛情に気づくことになる。そしてそれを口にだすことで、心と体で行為の事実を認めることになる。

いつしかそれは気持ちよくなってくる。罪とまではいかないが、他人に迷惑をかけたことを認め、申し訳なかったと口に出すことで、どんどん身が軽くなるからだ。もちろん過去を帳消しにすることはできないが、その分恩返しをしよう、と前向きな気持ちがどんどんと溢れるからだ。

報告には、内観の動かしがたい事実を心と体で認識できる機能があるといえる。

 

興味を持たれた方は、ぜひ内観にチャレンジしてみてください。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

 

たわら