僕の素敵な内観レポート④~父親への内観で号泣~

さてーー 名探偵はエンドロールが終わると口を開いた。

今回は内観のクライマックスの一歩手前ともいえる体験を伝えたい。父親への内観だ。

前回に約束したように、父への内観から話をはじめよう。父親に対して、小学校低学年、高学年、中学生、高校生、大学四年間、大学院二年間、現在の区分で、①していただいたこと、②してかえしたこと、③迷惑をかけたことについて過去を探る。

僕の素敵な内観レポート③内観の質の変化と「ウソと盗み」

父親への内観が難しい

とにかく最初は思い出せなかった。全く印象的な思い出が浮かばない。正直に言えば、父とは仲がよいとは言えなかった。それでもサラリーマンだった父親と接点がなかったはずがないのだが、思い出は闇の中にまぎれてしまいその蠢きすら感じることができなかった。

だが、繰り返し内観し、嘘と盗みを思い起こしたあたりから、記憶の細部が立ち上がり始める。

例えば、小学校低学年だった僕は寝転がってテレビを見ている父親の足首にしがみつくのが好きだった。お気に入りの座布団を見つけた猫のように、いつも乗せてもらった。父親は足にくっついた僕を上げたり下げたりしてくれて遊んでくれた。たまらなく楽しかった。

そして、内観を深めると立ち上がる記憶をありありと思い浮かべることができ、父親の表情まで思い出すことができる。さらに父親が当時どのような生活を、どんな気持ちで送っていたのか、を想像できるようになる。言い換えれば、父親の視点に入り込むのが可能になるのだ。

父親を一人の男として眺める

重なる転勤で、不慣れな土地での人間関係やら仕事のストレスを抱えていたはずの父は、休日には動物園やら遊園地に連れて行ってくれた。夏休みは車で祖父母の家まで連れて帰ってくれた。もしかしたら、平日で疲れた体にむちをうって僕ら子どもの相手をしてくれたのかもしれない。

そんな父親の愛情を見過ごし、ことあるごとに悪態をついたり、コミュニケーションをとらなかったりしていた自分の行動を同時に思い出す。にもかかわらずだ、そんな傲慢な態度をとっていたにもかかわらず、愛情を注いてくれていたのだ。

そして父親が家族全員で食卓を囲んでいるときに放った言葉を思い出して僕は嗚咽するほど涙した。「みんなでこうやってごはんを食べてるときがいちばんしあわせだ」。

父親は僕らが一緒にいるだけで幸せだったのだ。そばにいるだけでうれしい、と言ってくれているのだ。子供の存在をまるごと受け入れてくれている。そんな父親のあり方に気づくと涙があふれてくる。

これほどの愛情を注いでくれているひとに僕はどんな恩返しをしてきただろう。それどころか迷惑ばかりかけてきた。感謝と反省というベクトルの異なる力に身を引き裂かれてしまう。与えられた愛情がその大きな姿を一挙に現し、一瞬にして自分の小ささを思い知ることになった。

感謝の気持ちを伝える

一週間の内観を終えて、家についた僕は、海外に赴任していた父親とスカイブをした。いつも母とだけしている連絡に僕はほとんど顔を出さなかったが勇気を出して感謝を伝えることにしたのだ。いままで育ててくれてありがとう、と。父親は困惑していたが、顔はほころんでいた。もちろん横で見ていた母もあまりの父親への態度の変貌ぶりに驚いていた。

向き合うべきものにきちんと向き合い、行動した、という達成感も得ることができた。普段当たり前だと見過ごしてきた他人の好意や愛情に目を向け、その相手に感謝を伝える。文章にしてしまえば簡単だが、実際に行うことはそれほど楽にできるものではない。この感謝がきちんと伝わるのだろうか、相手がいい気になってしまうのではないか、と邪推してしまうからだ。

ともあれ、内観が父親との関係を深めるきっかけとなったのは確かなことだ。自分を現状よりも望ましい方向へ体を向けて一歩でも進みたい人にはチャレンジの価値は十二分にあるはずだ。

内観で僕が得た最大の収穫は別にある。真のクライマックスは別の記事にしよう。

読んでくださったかたありがとうございます。

僕の素敵な内観レポート⑤~連鎖と素粒子と光~







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