小説を書くための動機づけとしてカードに記して壁に貼っているフレーズ

「さて――」被害者のダイイング・メッセージのもうひとつの意味を名探偵は語りはじめた。

 

目標を達成するためには日常生活を送るうえで、さまざまな工夫が必要です。今日は時間がない、気分がのらないなど、ふと心に浮かんだ理由で、目的地にたどり着くための歩を止めてしまいがちだからです。

僕の場合でいえば、いかに毎日小説に向き合うようにするか、が焦点となります。

そこで、「壁にお気に入りの小説の一節を記したカードを貼る」ということを僕は実践しています。レイモンド・カーヴァーを参考にしました。デスクに着けば、自然と視線の先にはカードが目に入ります。読者の心を揺さぶるフレーズを毎日見ることで、小説の素晴らしさを再確認できます。

今回は僕が壁に貼っている示唆にとんだフレーズを3つ紹介します。

「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹

「それで僕はいったいどうすればいいんだろう?」

「踊るんだよ」羊男は言った。「音楽がなっている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい? 踊るんだ。踊り続けるんだ。なぜ踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。……」「ダンス・ダンス・ダンス」(上) 講談社文庫 pp182 ※傍点箇所は太字にしています

読み返した回数が最も多い小説が村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」です。羊の革を被った羊男が、主人公の男に今後の生きる姿勢をアドバイスするシーン。音楽っていったい何で、踊るってどんな風にすればいいのか、その具体的な方法は明かされません。

二通りで僕は解釈しています。

まず、理不尽だな、と思うときによく活用していた消極的な解釈です。音楽とは、世間のしきたりやルールです。そしてその場に求められているようにステップを踏まなければなりません。「就職活動」の音楽が鳴っていれば、リクルートスーツに身を包み、期待されるように喋り、行動しなければならない。意味なんて真剣に考えだしたら、動きが鈍ってしまう。そんなことは考えないで、とりあえず観客が満足するように行動しよう、と。

もう一つの解釈では、音楽は心臓のリズムである、という積極的な解釈です。心臓がエイトビートを刻む限りは、意味なんて考えずに自分の気持ちに従って楽しく踊るのです。生まれてきた意味なんて考えたら、足が停まってしまいます。生きてる意味なんてわかりません。だから自分で決めるのです。「啓示にあふれた物語で誰かを劇的に救済する」小説を書く、とかね。

ザ・クロマニヨンズも高らかに歌い上げます。素敵です。

ただ生きる 生きてやる

呼吸をとめてなるものか

エイトビート エイトビート 「エイトビート」

ザ・クロマニヨンズ

 

出典不明 チェーホフ

……やがて突然、すべての物事が彼の中で明確になった

レイモンド・カーヴァーが「書くことについて」(「ファイアズ(炎)」(中央公論新社)所収)のエッセイで紹介しているフレーズです。

カーヴァーが指摘する通り、啓示に満ちています。何が「彼」に起こったのか、心の中でどのように整理されたのか、その結果どうなるのか……。物語の予感が漂っています。ワープ進化したのかもしれません。読者にこんな体験をさせられるような小説を書きたいです。

「ワープ進化」できるように、と思うようになった、デジモンアドベンチャーのあのシーン

 

「人生論ノート」三木清

幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎ捨てるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである。この幸福をもって彼はあらゆる困難と闘うのである。幸福を武器として闘う者のみが斃(たお)れてもなお幸福である。「人生論ノート」三木清 角川ソフィア文庫 pp25

「嫌われない勇気」を執筆した岸見一郎氏がNHK「100分de名著」で紹介していたのをきっかけに読んだ覚えがあります。小説ではないですが、お気に入りなので壁に貼っています。

たわらは物語を立ち上げるという幸福のためなら、他の幸福はいらない、とまで宣言するつもりはありませんが、創作の幸福は他に替えがたいです。それさえ手にしておけば、人に馬鹿にされようが、社会的地位が低かろうが、年収が高くなかろうが、あまり気になりません。

特に「幸福を武器として闘う者のみが斃(たお)れてもなお幸福である」というフレーズには特別な力が宿っていると僕には感じられます。自分が幸福を感じる行為にまっしぐらであれば、たとえ不本意な結果に終わったとしても、幸福である、と宣言しているのです。僕やあなたが勇気を振り絞るとき、そっと背中を押してくれる、そんな風に思えます。

これらの言葉を目にするたびに、小説を書く、という行為は自分にとって望ましい方向へ自分を導いていると確信できます。

みなさんも目標達成への行動を促す言葉をカードにして壁に貼ってはいかがでしょうか。

 

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら