【推敲】物語を読み直し、書き直す作業は自分自身のすべてに向き合うこと

「さて――」粘り強く推理の過程を見直し、名探偵はまぶたをゆっくり上げた。

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

現在書いている小説がついに最後までたどり着いた。うれしい限りだ。毎日毎日ちょっとづつ書くことで現在約15,000字となった。

これから小説の完成に向けて第二フェーズに入ることになる。推敲だ。

読み直し、書き直し、読み直し、書き直し、読み直し、書き直し、、、。それが推敲という行為だ。

この段階で物語の表情やテンポや登場人物や方向性をもう一度見直す。

推敲は僕の少なくない人生において最大ともいえる課題を含んでいる。

推敲という行為はただ文字を読み、書き直すこと以上の意味を僕にもたらす。

1 推敲とは過去の自分に向き合うことに通じる

小説を書き直すことが、正直に言って、あまり好きではない。

デビューもしてない小説家志望の物書きにとって致命的な欠落といえる。だからやらない、というわけなんかではない。

なぜ好きではないか、その答えは明白だ。過去の自分に向き合い実力不足に直面したくないからなのだ。

この問題は根が深い。人生のこの問題を避けてきた。振り返り、確認し、反省し、次に生かす。このサイクルが好きではなかった。

いつでも完璧な自分という可能性を常に手にしていたい、そう思っていたからだ。学生時代からだ。テスト結果で間違えた箇所を重点的に復習するというのが好きでなかった。

今回間違えたのは、たまたま見過ごしただけ、たまたま寝不足だっただけなど、正当化する嘘を瞬時に星の数ほど頭に浮かべて言い訳をして、次につながる反省をしなかった。

未熟という言葉を服飾として身につければパリコレにだって出れたであろう。

小説を書くのは好きだ。毎日一文字でも書けば物語は進む。自分が生きている実感がある。しかし推敲は自己否定の側面をそこに見出しかねない。

推敲なんて嫌いだ、と吐瀉物のように書き散らすためにいまキーボードを叩いているわけではない。

推敲に含まれる課題に言葉を与えるために記事を書いている。そして宣誓するのだ、今回の推敲を粘り強く行う、と。

物語ごと自分自身を書き直す、と。

 

2 推敲の終わり

愛読している村上春樹氏は推敲作業が大好きだそうだ。トンカチ仕事になぞらえていろんな箇所で言及している。この気持にならって物語にあたりたいものだ。

いつ推敲は完成するのだろうか、と疑問に思うあなたに、レイモンド・カーヴァーの次のような言葉を紹介したい。

エヴァン・コネルがこんなことを言った。ひとつの短編小説を書いて、それをじっくり読みなおし、コンマをいくつか取り去り、それからもう一度読みなおして、前と同じ場所にまたコンマを置くとき、その短編小説が完成したことを自分は知るのだと。

レイモンド・カーヴァー 村上春樹訳 2007「ファイアズ(炎)」中央公論新社

書き直すことで物語は必ずよくなる。ここまでの綿密さを持って推敲したい。

 

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら