【記憶に着火する一文を見逃さない】大江健三郎「ゆっくりと読書しよう」

「さて――」事件の発端から丁寧に見直した名探偵はゆっくりと目を開き語りはじめた

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

あなたはどのくらいの速度で本を読みますか? 僕は1日ずっと読書に当てられるなら500ページぐらいの文庫本なら読み通すことができます。きっと。

没頭するとページをめくる手を止められなくなります。ひどいときには現在読んでいる文章よりも先の部分を読もうとしてしまいます。そんなときは左手でページを隠す必要があります。我ながら滑稽ですが、魅力的な物語は読者を連れ去ってしまう力を備えているのです。仕方ありませんね。

ずっとそのように読書をしてきたなかで、「本はゆっくり読むべき」だという大江健三郎の意見に出くわしてドキリとしました。今まで読書法は間違っていたのかもしれない、そんな風に思ったからです。

ゆっくり本を読む効用はどのあたりにあるのでしょうか。思うところをまとめてみました。

1 速読術はいかがなものか

大江健三郎が批判する読書方法は、索引から引っ張って拾い読みをする方法です。彼はニュージャージー大学の生徒がダンテの「神曲」をクラスで話題になるだろう部分しか読んでいなかったことを残念に思います。不幸である、とさえ。

索引を手がかりにして拾い読みするのは、やがてその本の全体に正面から出会う道を、自分でとざしてしまうやり方です。それがどれだけ大きいものを取り逃がしてしまう、不幸でありうるか? 私は恐れの思いすらいだきます。

「本をゆっくり読む法」大江健三郎 2007 『「新しい人」の方へ』 朝日文庫 pp183-184

ただ、大江は「速読術」を完全に否定するわけではありません。社会に出た大人が必要にかられて複数の本を読み比べて知識を得ることは当然あるだろうと認めています。

要するに、必要にかられて短期間で読書することはあるだろうが、なるべく、特に若いうちはゆっくりと本を読む必要がある、それが大江の読書に対する姿勢です。

 

2 ゆっくり本を読む効用

大江はゆっくりと本を読む効用は、大切な本に出会うことだと説明します。

確かに勢いよく読んだ本は、面白かったと単に娯楽として消費してしまい、あとから聞かれればあまり思い出すことができません。

それに対し、ゆっくり読書することは多かれ少なかれ心に残ります。ば一文一文をゆっくりと読むことで自分の心の揺れを見逃さないからだと僕は考えます。こういう考え方って素敵だな、とか今のセリフはかっこいいと思ったな、だとか。

大江はゆっくり読書をする効用を具体的に述べはしませんが、ゆっくり読書をしている少年の描写を外国文学者からの引用という形で紹介しています。

電車の向かい側の席に座っている少年が、少し本を読むと窓の外の景色に目をあげて考えている。それから本に目を戻して静かに読み続けた、なんという良い読み方だろう……

上掲 pp188

こんな風に読書をしたらよいのです。しばらく読んで、ふと目をあげて何かを考える。速読ではなくゆっくり読んでいます。

では、この少年は何を考えているのでしょうか。僕には心当たりがあります。

 

3 記憶の洗い直しができる

思い返してみれば、自分が特に好きな作家の本を読んでいるときに、ふと目をあげて考える、というような行動をしていました。電車で読書する少年のように。

なぜそのように行動していたのか? ゆっくり読むことである一文に出会います。心揺さぶられる一文です。その一文は僕に記憶を思い出させます。そして僕はこう考えます。

あのときの記憶の本当の意味はこうなのかもしれない、と。

生活を送る中で、簡単には気持ちを割り切れない局面があります。失恋、夢の挫折、裏切り、友人の死、嫉妬などぱっとすぐに思考の答えが浮かばないことがあります。そうした場面は、いつか解答されるだろう疑問として頭のどこかに保管されています。その答えを、あるいは答えに近しいなにかを文中に見つけたときに、僕は目を上げているのです。

不意に、眼前の文章が脳みその地下に眠る記憶を呼び覚ますのです。それに意識が気づき、考えるために本から目線をはずのかもしれません。

読書をしているときに何度もそういう経験をしました。とても幸福な気持ちになります。長年の謎が解けるのですから。

優れた小説にはあなたの記憶に火を灯す一文が潜んでいます。見逃さないためにはゆっくり読む必要があります。

あなたにとってその本が大切かどうかは、あなたが宙を見上げた回数に比例するのかもしれません。

僕は意外にゆっくり読書をしていたのかもしれません。

例えば、どんな謎が解けたのか?

ぱっと具体例が出せないので、やっぱりゆっくり読書をしていなかったのかもしれませんね。

 

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら