【小説塾全6回コース・第5回講評】伝わらなくてもいい・という書きかたをするなら、書かないほうがすっきりします

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

2018年1月から受講している薄井ゆうじ氏の「小説塾・6回課題コース」の第5回課題への講評を記事にします。

提出したのは半年前の2018年9月でした。第4回の講評の指摘を活かし、わかりやすい物語を書いたつもりでしたが、あまりにも小説執筆能力が向上していない、という講評だったので、しばらく落ち込んだのを思い出します。

第4回は、小説内容がわかりにくく、人物が地に足をつけていないという講評でした。それを受けて第5回は、登場人物の外見だけではなく、どのような生活をしているのかを書こうと試みました。

実際、いままでの作品よりは、人物について深く考えたつもりした。だから第5回は登場人物の生活シーンを描くようにしました。ああ、かなりわかりやすくなったな、と僕は実感して提出したのですが、、、

講評は厳しいものでした。これまで指摘してきたことが全然守られていない、と。

1 第5回の課題

今回の課題は、複数の登場人物の内面を掘り下げることにより、物語を豊かにしていくことが課題でした。400字詰原稿用紙30枚以内。

記録によれば、7月22日から書きはじめ9月8日に初稿が完成したようです。3ヶ月くらいかかっていますね。

2 作品 「透明楽団」

あらすじはこんな感じです。もう半年も前の作品なので、どうしてこのような作品を書いたのか忘れてしまった。

大叔父にあたる月浦影史の葬式で月浦はじめは、遺影に向かってカメラを撮る女性をとがめる。大叔父を慕う月浦はじめにとって不愉快だったからだ。

月浦はじめは小学生の頃に画家である大叔父が開催していた絵画教室に通って絵を教えてもらった。漫画家を目指すきっかけをくれた人だった。 現在は、三十歳手前で、デザイン会社でサラリーマンとして働いている。
 
後日、大叔父の妻(月浦幸子)から絵を描いて欲しいと頼まれる。大叔父は毎年7月に欠かさず妻の絵を描いていた。大叔父は妻が死ぬまで続けるつもりだった、だからそれを引き継いで欲しい、と。
 
伊藤文月は月浦影史の孫である。伊藤文月は大学院で、メディアの社会的機能について研究し、報道機関に就職つもりの女子学生。修士論文の構想発表が近づくなか、祖母(月浦幸子)に写真を撮って欲しいと頼まれる。月浦影史は妻に対して、絵だけじゃなく写真も毎年撮っていたのだ、と。
 
月浦影史の屋敷で、月浦はじめと伊藤文月は顔を合わせる。伊藤文月が葬式で遺影に向かって写真を撮影していた女性だと月浦はじめは気付く。死者への接し方から、何かしらの問題を抱えていることを月浦はじめは推察する。
 
やけに広いアトリエで月浦影史の妻である幸子を対象に、月浦はじめは絵を描き、伊藤文月は写真を撮った。
 
あなたの友人はもうすでに亡くなっているの、と伊藤文月は幸子に撮影直後に告げられる。
 
伊藤文月は友人が死んだことをまだ受け入れられなかった。カメラに興味を持つきっかけであり、高校から大学とずっとよい友人だったが、ある日交通事故で亡くなった。その葬式でも遺体や遺影を写真を止められるまで撮った。命を写真に封じ込めるように。
 
月浦はじめもかつて友人を事故で亡くしていた。友人の死を乗り越え方を伊藤文月に教えてあげて、と幸子にその場で頼まれる。
 
思い出すことだと、月浦はじめは答える。写真は対象の一瞬を切り取るだけで、その友人との精神的交流はない、だから友人との記憶を思い出し、その思い出に浸ることが友人の死を乗り越える方法だと月浦はじめは主張する。
 
アトリエには壁一面の大きな絵が飾られている。「クジラのサーカス」と題されたその絵にはタクトを振り上げる一人の指揮者の後ろ姿が等身大のサイズで描かれており、絵の背景は黒と紺で塗りつぶされていた。
 
幸子は月浦はじめと伊藤文月の位置から見ると、ちょうどその指揮者と重なっている。写真に閉じ込める、記憶を呼び覚ます、それだけじゃ不十分、そう言って幸子は服を脱ぎだす。思い出して、そこから得た活力で行動しないといけない、と。それが、死者との正しい接し方だと。
 
剥き出しになった老婆の肉体から目を話すことができなくなった月浦はじめと伊藤文月は、幸子の肉体のなまなましさにあてられて、写真をとり、絵を描く。伊藤文月がストロボを焚くと、指揮者の背後の闇が蠢いているように若い二人には感じられた。

やがてその蠢きを直視すると、月浦はじめと伊藤文月に忘れていたそれぞれの友人の言葉が浮かび上がる。
 
その言葉を胸に、日常に戻り、月浦はじめと伊藤文月はもういちど夢に向かって進むことを決意する。

3 講評とその感想

細かい講評

①名前が読みにくい

月浦はじめ、を主人公の名前に付けたが、はじめをひらがなにしたのが悪かった。その理由は「月浦ははじめて絵を書いた」という文章を読めば一目瞭然だ。「は」が固有名詞なのか助詞なのか、すぐに読み手には判別がつかない。これは読みにくい。

たわらコメント

これは校正しているときに正直気付いた。なぜ直さなかったのか。語感がよかったので、訂正するのが面倒だったのだ。本当に態度を改める必要がある。が、そのときはそのときでプライベートでいっぱいいっぱいだったのだ。と言い訳しても仕方がないが。

②誰が発言しているのかわからない

会話文で主語を省いてしまっているので、誰が何を受けて、何を言ったのかがわからない。読み手に苦労を与えてはならない。

たわらコメント

まったくその通りである。これも愚かな理由である。正直にぶちまけてしまえば、文字数の関係だ。原稿が課題のページ数を超えたので、削れるところを削ったのだ。そして発言者の名前はいらないと判断したのだ。間違った判断だった。

③造語がある

「恍惚した」という言葉は辞書にない、と指摘された。文脈によっては「恍惚とした」あるいは「恍惚としたような表情を浮かべた」となるはず。文字を厳しく管理するように。

たわらコメント

自分の日本語が正確だと思い上がっている証拠だ。これはビジネスシーンでもよく指摘された。日本語としておかしいぞ、と。これは誰しも通る道、だと思うので、こうして文章を書くことで、精度を上げていくしかないだろう。

全体の講評

①物語がわかりにくい

これまで何度も指摘した「わかりやすく書く」、ということが実践されていない。さらに読みにくくなっている。全体的に気分だけで書いている文章が多すぎる。「書くなら、きちんと、しっかりと書いてください。伝わらなくてもいい、という書きかたをするなら、書かないほうがすっきりします」。

たわらコメント

わかりやすく書く、ということを念頭に置いて執筆していたが、実践できてはいなかった。読み手の立場に立つ努力が足りていない。小説を執筆するというスタートラインにまだ立てていないのかもしれない。特に最後の先生のコメントは効いた。深く考え込むことになった。

②絵を描くことと、写真に撮るということの差が何かわからない

たわらコメント

これは別の人にも指摘してもらった。作中ではカメラでの撮影よりも絵を描くことの方がよい、というやりとりがある。写真撮影は対象を瞬間に封じ込めてしまう、それに比べ、絵に描くことは対象との交互作用があるために、望ましい、というようなことを伝えたかった。いま自分で文章を書いていてもまとまっていない。自分で未消化なものを作品に投影したようだ。自己理解が足りないのかもしれない。

③登場人物が何を考えているのかがわからない。したがって物語をくぐりぬけ、人物たちの心がどこに落ち着いたのかがわからない

たわらコメント

わかりやすいように書いた、つもりだったようだ。ぼくの考えていることを相手に伝えるには、自分では感覚しにくいような障害やルールがいくつもあるみたいだ。自分の考えは簡単には伝わらない、ということを忘れてはいけない。

4 対策

次が最終回だ。それに向けてどう改善するか。

2つの改善案を実行することにした。

①登場人物の履歴書作成

登場人物の背景をいままで詳細に作成していなかった。いままでは、頭の中のシーンに自然と登場した人物がしゃべるのを待っていた。そのために人物造形が浅くなっていた可能性が高い。あらかじめ人物造形をして執筆するのは面白くない、と考えていた。

が、荒木飛呂彦や小池一夫によれば、まずはキャラが大事だ。なんといってもキャラなのだ。だから二人から登場人物の設定項目を学び、人物造形を試みることにする。

②校正回数を増やす

最大の課題はわかりやく書いていないことだ。「わかりやすい物語を正しい文章で書くこと」を実践する必要がある。そうするために、校正回数を増やすことにした。

いままで校正していなかったわけではないが、今後もっと時間をかけて、回数を増やすことにする。こうすれば、少なくとも誤字脱字は絶滅させることができる。物語については、何度も読み込むことで、不自然な点を可能な限り消滅させることができる。

登場人物の心情については、なるべく言葉にする。ここまで言っていいのかな、とぼくが思うよりももっと書いてみることにしたい。思いを言い合う会話文を多めに挿入しよう。

ここまでやったら先生から物語をさらによくするための課題を指摘してもらえるはずだ。

がんばってみよう。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら