【小説塾全6回コース・第6回講評】面白かったです。そして、驚きました

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

2018年1月から受講している薄井ゆうじ氏の「小説塾・6回課題コース」の第6回課題、つまり最終課題の講評を記事にします。

いよいよ小説塾全6回コースも最終課題となりました。

課題を提出したのは2019年4月11日(木)、講評は5日後の16日(火)に手元に届きました。相変わらずスピーディーです。

1 【前回の反省】第5回の講評の反省から校正回数を増やす

第5回の講評では、わかりやすい物語を書く、という指摘が守られていない、と厳しく指摘されました。「伝わらなくてもいいという書きかたをするなら、書かないほうがすっきりします」とまで踏み込んだ指摘を受けました。

この言葉はたいへんショックでした。自分的には可能な限り努力をして、指摘を物語に反映することができた、と自負していたからです。

小説に向き合う態度を根本的に改めないといけないと、ひどく痛感しました。それが仕事を辞める決断の大きな要因となりました。好きなことに対して、正面から対峙することを避けては一生後悔するだろうと思ったのです。

実際に仕事を辞めた3月21日までに、今回の課題作品に平日は朝に1分から20分程度、休日には午前中に60分程度執筆しました。1ヶ月書けなかったこともありました。もっと時間を割けよ、甘えだろ、との声もあるかもしれませんが、いろんな理由で、最大限に集中してこれくらいだったのです。

初稿は1月頭に完成していましたが、本格的に修正をはじめたのは、退職した後です。毎日午前中に約3時間ほど小説の時間に割きました。やりたいことに取り組めるのはこれ以上ないくらいにうれしいものです。

3週間ほど、そのようなスケジュールで修正をかけました。これまでそれほど修正に時間をかけたことはありませんでした。

おかげで後述するように、不思議な体験もありました。

2 課題内容

今回の課題は、好きなように小説を書く、ことが課題でした。これまで必ずあった制約がなくなり、自由に書くことができます。400字詰原稿用紙50枚以内。

3 作品「ホウオウの寝床」

あらすじは次のとおりです。ただこの作品はどこかのWEB小説サイトに投稿しようと考えていますので、以前までのような細かいあらすじは載せません。

「葉柴郵太郎が出産と殺害をしたのは三月の最終週の金曜日の誕生日だった」。この一文から物語はじまる。

来週から大学4年生になる葉柴郵太郎は就職活動にやる気を見出すことができなかった。就職活動に取り組む友人に囲まれて葉柴は誕生日前夜を祝われる。朝方に友人は帰ってしまう。昼過ぎにそれは訪れ、葉柴は「出産」することになる。

同級生の似森早苗は葉柴の誕生祝いをプレゼントするために「ホウオウの寝床」という占いの館に彼を誘う。似森には企みがあった。何としてでも成就したい願いがあった。

葉柴郵太郎は似森早苗とともに奇妙な誕生日を過ごす。葉柴と似森の思惑が絡み合い、ラストシーンを劇的に飾る。

ちょっと変わったラブストーリーです。

4 講評結果

細かい講評

① 言葉を端折る癖は直っていない

言葉を端折る癖があるので、正確な意味がわかりにくい。読者に伝えるために、丁寧に書くこと。

② 視点の移動が一貫していない

物語の視点が、葉柴郵太郎と似森早苗との間で不自然に揺れている箇所がある。固定するなら固定する、章ごとに変えるのであればそのように移動させる。

全体の講評

① 登場人物の名前はもうちょっと気の利いた名前に

② 題名はそれほど効果的ではない

③「面白かったです。そして、驚きました」

「課題作品の、1回から5回までは、どちらかというと、どこが面白いのかよくわからないような内容でした。しかし今回の作品は、いろいろとちりばめられている材料が、ひとつずつ、その機能を果たしていて、何を書こうとしているのかも伝わってきました」

「今回の作品の、急激な、しかも大幅な進歩には驚きました。これまでの作品の欠点は、かなり払拭されたのではないかと感じています」

「小説を書いていると、人は時々、このように急成長をすることがあります。編集者はこのことを、化ける、といいます。たわらさんは化けたのかもしれません。あるいは、化けつつあるのもしれません」

たわらコメント

うれしい。覚悟を決めて、仕事を辞めてよかった、と思いました。もちろん、新人賞を獲得するレベルが仮に100とした場合、この、化けた、という表現はいままで5くらいだったのが、20くらいに一気にレベルアップした程度の飛躍に過ぎないかもしれません。

ただブレイクスルーをした、という感覚は僕にもあります。それは執筆中に不思議な状態になったからです。

5 【不思議体験】うすい膜を通り抜けてさらなる深い層へもぐったという感覚

今回の課題作品を執筆している最中に不思議なことがありました。それはある体験をしたというより、ある状態になったといったほうがいいと思います。

僕もその不思議のすべてを理解しているわけではないし、おそらくこんな感じなんじゃないかな、と考えているに過ぎません。また、その考えを言葉に正確に移すことも現状では無理だと思いますが、とにかく現段階で言葉にできる範囲で記述してみます。

まず、執筆することは潜水に似ていると僕は勝手に考えています。ワードを開き、深呼吸をして、意識を薄めます。ざぶん。

意識を薄めることは難しくはありません。例えば、聴覚検査をするときの状態に似ています。音が鳴ったらボタンを押してくださいと言われ、耳に意識を集中しますか? おそらくみなさんは、どこを見ることもなく、ぼうっとするのではないですか。意識で音を捉えるよりは、身体をリラックスさせて、反射で音に反応するはずです。頭がふやけているけど、集中が保たれているような状態です。

意識が覚醒した日常の状態から、あのぼうっとした状態への移行を、僕は潜水としてイメージしています。

だから、小説に向き合うときは、日常意識を潜って、あのぼうっとした状態に移行する必要が僕にはあります。ぼうっとしているけど小説は書く、みたいな感じです。

退職したので、その状態にいままでより長く、体力・集中力が許す限り浸ることができる環境になりました。

時間をかけて、一文一文、一語一語を修正しているときにそれは起こりました。

不思議なこととは、いままで潜っていた空間よりも下の空間にするりと移行したことです。知らないうちに、さらに下の方へ潜水していた、ということです。

不思議なのは、いままでいた空間より下の空間があることを僕は知らなかったということです。さらにあの深いところまで行こう、なんて思ってもいなかったのです。つまり、自分でも知らない深さに自分でも知らないうちに潜っていたわけです。

で、深いところに潜ると何が変わるのか? もっともな質問ですが、なんと明確には答えられません。申し訳ないのですが、、、。

物語の内側により入れた、という感覚がありました。キャラが勝手に動く、が近いのかもしれません。うーむ。物語への解像度が上がったのかもしれません。

ただ、物語を生み出すのがより一層楽しくなったのは間違いありません。とても重要ですね。ここまでくるとこんな感じで楽しいのか、と。またここに来たいな、と思いました。

これがブレイクスルーの要因ではないかと僕は考えています。僕のほうにも、このような不思議体験があり、いただいた講評でも化けた、という言葉をいただけたのは、偶然の一致ではない(はず)です。

6 今後の方針

これからは新人賞の受賞を目指して、また執筆をはじめます。今年10月の群像新人賞に応募するつもりで、また新しい小説を書きます。

深いところに潜ったあの感覚を得たあとで執筆する小説がどのようになるか、自分でもたいへん興味深いです。

いったいぼくのなかからどんな小説が生まれるのかわくわくします。

ただ、いま現在は、今回の主人公の葉柴郵太郎が僕に強く訴えかけているのを感じます。もっと友達をつくってくれ、と。もっと他の人物と会話したり行動をして、物語を用意してくれ、と声が聞こえるのです。

これもはじめての経験です。小説を書くと、いろいろ変な体験ができます。

最後に、薄井ゆうじのありがたい言葉で終わりたいと思います。

「総合的な小説力は、実は作者自身の総合的な人間力に他ならないのです」

人間力、磨きます。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら