【小説塾・1作品1回完結講座・8作品目】大改造が必要です。それができてこそ、創作世界へ入っていけるはずです

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

2019年の11月に薄井ゆうじ氏が主催する小説塾の「1作品1回講座」を受講しました。

同年4月に小説塾の「全6回・課題コース」を終えてから書きはじめた小説を提出しました。

最後の課題では「化けた」と褒めてもらいました。

前回より登場人物を増やし、物語を広げた今回の小説では、さらに「化けた」と言ってもらえるに違いない、と期待していました。

が、まったくもって評価されない結果となってしまった、、、

今回の記事では、提出した小説の内容、小説塾の講評、今後の方針について紹介します。

1 提出した小説「分身虫メッセージ」

今回、提出した小説は「分身中メッセージ」というタイトルです。最後の課題で提出した「ホウオウの寝床」の続きを書きました。あらすじはこんな感じです。400字詰原稿用紙269枚。

来週から大学4年生になる葉柴郵太郎は就職活動にやる気を見出すことができなかった。大学の友人に葉柴は誕生日をお祝いされる。朝方に友人は帰ってしまう。昼過ぎにそれは訪れ、葉柴は「出産」する。

友人の高田早苗は、無気力な郵太郎を元気づけるために変わった占いの館へ招待する。生きている意味に悩む郵太郎に、早苗は自分の存在を受け入れてくれた記憶を探すようにアドバイスをする。早苗はかつて郵太郎のふとしたひと言で、幼い頃に山の斜面を滑り落ち、崖に転落する手前で大樹に支えられた記憶を思い出して救われたことがあった。恩返しの占いをプレゼントした高田早苗に郵太郎のなかで恋心が芽生え、やがて二人は結ばれる。

幼馴染の天井久人に郵太郎と早苗はダブルデートに誘われる。久人の恋人であるユキの実家の裏山にある墓地までの山道を整備する、というものだった。宮城県の山奥にあるユキの実家で二泊を過ごしてから東京に戻ると、早苗の様子がおかしくなってしまう。

ユキは幼くて死んだ双子の姉の面影を早苗にみて、かつて姉としていたように性的ないたずらをユキに試みていたのだ。早苗は心身ともに調子が悪くなり、ふさぎこんでしまう。

郵太郎は早苗の心を回復させるために、再びユキさんの実家に乗り込み、幼くして死んだユキの双子の姉の骨壷を墓から取り出し、ユキの家族、久人、早苗の前で叩き割ることになる。

双子の姉の死の事実を受け入れて涙を流したユキの姿を見て、早苗の心は再び明るくなる。

しかし郵太郎は彼女の心の回復を充分でない、と感じて彼女をユキの裏山にある巨大樹の場所まで誘う。斜面を転げ落ちて大樹に体を支えられる体験をふたたびすれば、真に回復できる、と提案する。

郵太郎と一緒に転がるふたり。郵太郎は自分を支えてくれる記憶を、身に危険を晒して走馬灯をみることで、そのなかに探し求めた。が、結局は見つからない。記憶のかわりに、自然との一体感を得て、生きる意味を求める自分から離れることができ、前向きに日常生活を送ることを決心する。

2 小説塾からの講評

薄井ゆうじ塾長からは次のような厳しい指摘をもらいました。カッコ内は先生の言葉を引用。切れ味鋭い丁寧な言葉遣いが心にせまる。

まず細かい指摘から。

誰のセリフかわからないすぐにわからない箇所がある

・無気力な主人公だと魅力を感じにくい

「主人公がほとんど意見を言わない。読者はそのような主人公に対して魅力を感じない。 小説は意見を述べる場ではないが、主人公の無気力は作品の無気力だと評価されてしまうおそれがある」

登場人物の反応の仕方が自然じゃない

・小説の展開に方向性が感じられない

「この作品は、どこに向かって書き進んでいるのかを、もっと読者に、くっきりと示さなければ、読者は退屈して、本を閉じてしまいます。わくわくしながらページをめくる、そのわくわくを与えるのも、書き手の仕事のひとつです」

・読者のことを考えていない

「視線を読者の視線の高さにまで下げていかないと、言葉が上滑りするだけのように感じる」

「書きたいから書くのではなく、読者のために書いてください。文字の向こう側にいる人たち、これを呼んでいる人たちのことを、しっかりと考えてください」

・小説展開の欠陥

「書き癖というのでしょうか、何一つ解決しようとしないまま、物語は進んでいきます。解決しようとしないのは主人公なのですが、その先には、書き手がいて、書き手のスタンスが、小さなことも、大きなことも、解決しないまま章や段落を閉じてしまう書き癖があって、それが主人公の性格づけにもなっています」

「小説は、隠すのではなく、さらけ出して、解決して、さらにさらけ出して、解決していく作業です。隠せば、読者は闇の中で本を閉じます」

・小説の登場人物の反応が不自然

「アクチュアリティ――、人の、自然な動きが感じられず、残念です。もっと人を、読者を恐れながら書かないと、本当のこと(リアルなこと、そしてアクチュアリティ=無理のない動作)は書けないように感じました。筆先一つで、キーボードを叩く指先一つで、物語など、どうにでも書ける、とは思わないでください」

「せっかく用意したものを、こんなふうに無理な結末にしてしまっては、もったいないです。たわらさんの筆先なら、もっと自然な人の動きのなかで、読者を感動させながら、ここの部分を書けるはずだと思っています」

続いて、大まかな指摘

・書きたいことがわからない

「やはり、今回の作品でも思うのですが、この作品で何が書きたかったのでしょうか。つまり、この作品を読んだ読者に、どんな感動を持ってもらいたかったのでしょうか」

・大事な要素の扱いかたがうまくいっていない

主人公が出産した生物を序盤で失ってしまったことはもったいなかった。それまで続いていた「高いテンションとシュールで高度な小説展開」が同時に失われてしまい、物語の魅力が消えてしまっている。

「書かなくても読者には伝わるし、書けば退屈なだけのシーンが続きます。登場人物たちの言葉も、重みがなく、さらさらと流れていってしまいます。これは、大きな損失だと思いました」

3 反省と今後の指針について

今後の指針については次のような激励をもらいました。

「書けそうなものを書くのではなく、遥かに高いバーを飛び越えようとして書いてください。気が遠くなるほど高いところにあるバー。それを思い描いて飛び越えようとしてください。たわらさんの作品世界は、そうしなければ生まれてこないと思います。そして、その力もお持ちなのだと感じています」

返ってきた講評を読んで、落ち込みました。こんなにボロボロにされるとは思わなかったからです。前回の短編小説が褒められたので、今回はさらに褒められるのだろうと期待していたからです。

あまりのショックに記事を書くことができませんでした。それほど自信があったからです。しかしこの記事を書くために半年ぶりにあらためて読み直してみると、この小説の未熟さがよくわかりました。

文章も磨きがかかってないし、必要のない章が多いし、小説の展開も不透明です。そして講評で繰り返し指摘されるように、この小説が何を伝えたいのかが、わかりません。あらすじを書いていても、この物語は何が言いたいのかが自分でもわかりませんでした。

果たすべき使命や役割がなくても生きることは肯定できる、ということを書きたかったのですが、うまく物語として成立させることができませんでした。

次回の作品は、何を伝えたいのか、をたとえ稚拙な表現でも読者に伝わるようにします。

講評の最後に、「出産」したものを軸に小説を展開するアイデアをもらったので、それをふくらませる方向に書き直しをしています。2020年3月締切りの新人文学賞に応募する予定です。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら