【愛媛一人旅】一人旅の独特の気持ちよさについて

「さて――」名探偵は車窓に流れる田園風景を眺めながら推理を続けた。

こんにちは、たわら(@Whale_circus)です。

独特の気持ちよさ、それを味わうことは人生における喜びの一つです。

一人旅をするとそんな独特の気持ちよさを感じることができます。

日常ではなかなか感覚できないあの感覚とはいったい何なのでしょうか。

今僕は新宿バスタの近くのビルのレストランでロシア料理を食べ終わったところだ。仕事が終わり、職場で着替えて、帰宅する方向とは逆に足を運んだ。

人の流れを逆らうように、新宿駅南口を目指すときにあの感覚を得た

独特の気持ちよさ、独特の感覚。自分はこれから旅に出るのだ。

この感覚はどこから生じるのか。その一つの理由が思い当たった。熱々のボルシチを頬張りながら、熱気を口からほふほふと吐いているときに。

自分だけが日常生活を飛び出そうとしている、と感覚するからだろう。脱出とは似ているようで違う。

そして大事なことは、そこには残された者たちの生活がなければならない、ということだ。ホームを横切る僕は多くの人々を通り過ぎる。彼らには彼らの生活がある。囚人のそれとは違う、地に足を着けた生活がある。僕はそれを横切っているのだ。通り過ぎているのだ。

この通り過ぎるという感覚が日常からの逸脱を肌に感じさせるのではないだろうか。本来であれば僕も僕の生活の流れに身を任しているはずだ。今の僕はその流れからはみ出している。

それは移動とは違う。そこには通り過ぎる人々の生活がなければならない。僕らはその通り過ぎる彼らの生活を横目で見ることで、旅をしているという実感を得るのだ。

ずっと砂漠を横切ることはただの移動に過ぎない。均質的な空間を横切ることは移動である。旅はもっと色鮮やかなものを眺める必要がある。

もしこれが真理ならば、僕らはいつでも旅に出ることができる。

過ぎ去る風景に生活を想像できるのであればいつでも。

となりのテーブルの40歳近いだろう男女がテーブルを離れた。関係を深めようか、これまでの関係を維持しようか、二人の会話は互いの腹の底を探るように話題を飛び移る。男は冬にスキー旅行を誘ったが、断れてしまった。今はまだ22時手前。彼らはこれから移動するのか、旅をするのだろうか。

はじめて新宿バスタを利用する。はやめにターミナルに移動しよう。いや旅しよう。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

たわら